聖書:イザヤ書11章1~5節・マルコによる福音書8章27~30節
説教:佐藤 誠司 牧師
「ペトロが答えた。『あなたは、メシアです。』」(マルコによる福音書8章29節・新共同訳聖書)
「ペテロが答えて言った。『あなたこそ、キリストです。』」(マルコによる福音書8章29節・口語訳聖書)
「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」(使徒言行録2章36節)
1月から使徒信条による説教が始まりまして、今日が八回目です。使徒信条は「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」という言葉で始まります。ここからも解るように、使徒信条は、まず父なる神様、造り主なる神様を信じる信仰から、その内容を説き始めたわけです。これを信仰の第一条項と呼んでいます。
この第一条項に続いて、御子イエス・キリストを信じる信仰が続くのですが、これを信仰の第二条項と呼んでいます。この第二条項はイエス・キリストを信じる信仰を次のように言い表しています。
「我はその独り子、我らの主イエス・キリストを信ず。」
これは平たく言えば、「イエス・キリストと呼ばれるお方を、神の独り子と信じる。私たちの主であると信じるということです。先週は第二条項の一回目として「イエス」という名前について学びました。そして二回目の今日は「キリスト」という言葉について理解を深めていきたいと願っています。
教会生活を長く続けていますと、私たちは「イエス・キリスト」という言い方を当たり前のように口にしますが、この言い方は一般の人たちに誤解を与える言い方ではないかと思います。どういう誤解かと言いますと、イエスを個人を表す固有名詞と捉え、キリストを氏を表す苗字、つまりファミリーネームだと理解する人が、案外、多いのです。
もちろん、これは誤りでありまして、イエスというのは確かにイエス様個人を表す固有名詞ですが、キリストというのは「佐藤」とか「中村」とかいう苗字ではなくて、一つの称号なのです。ですから、「イエス・キリスト」という言い方は、もうそれだけで「イエスはキリストである」という明快な信仰告白の言葉になっているのです。
じゃあその「キリスト」という称号は、いったい、どういう意味を持っているのか。その一点が問題になってきます。キリストというのはギリシア語のクリスト―スを日本語で言いやすく標記したものです。このクリストースというのはメシアと同じ意味を持っています。メシアというヘブライ語をギリシア語に移したのがクリストースだったのです。ですから、新約聖書にメシアという言葉が出て来たら、ああこれはキリストのことだと思って差支えがない。メシアとキリストは同じ意味だと思ってください。
とまあ、どうしてこんなややこしいことを言うのかというと、今日読んだ新約聖書、マルコ福音書8章の御言葉にペトロの告白が出て来るのですが、あそこでペトロがイエス様に向かって「あなたは、メシアです」と言っているのです。ですから、ここを読む時に「メシア」と「キリスト」は同じ事なんだと弁えておかないと、いったい何のことだか分からなくなってしまいます。
さあ、では、その問題の物語に入っていきたいと思います。主イエスが弟子たちに「人々は、私のことを何者だと言っているか」とお尋ねになったのが、事の発端です。弟子たちは即座に答えます。
「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」
これを読むだけで、弟子たちが口々に答えているのが分かります。人がどう言っているのかを言うのは、たやすいことなのです。弟子たちはイエス様を尊敬していますから、人々がイエス様のことを、こう呼んでいますよ、こうも言っていますよ、と、イエス様を誉めそやす気持ちも手伝って、嬉しそうに答えたに違いありません。
しかし、イエス様の先の問いかけは、じつを言うと、次の第二の問いかけを導き出すための、いわば導入に過ぎなかった。イエス様はこう問いかけられたのです。
「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」
おそらく、先ほどまでの賑やかだった空気が一変して、弟子たちの間に沈黙が流れたに違いない。他人がどう言っているかを言うのは容易いことなのです。しかし、あなたがたは私を何者と言うのか、この問いは、先の問いかけの延長線上にある問いかけではない。全く次元を異にする問いかけです。弟子たちの間に沈黙が流れたのも、無理はありません。その沈黙を破るようにして、ペトロが答えました。
「あなたは、メシアです。」
以前の口語訳聖書は、ここを次のように訳しておりました。
「あなたこそ、キリストです。」
キリストとなっていたのです。それを、新共同訳聖書は、あえて「メシア」と訳したのです。「メシア」というのは「油注がれた者」という意味のヘブライ語です。その「油注がれた者」というのを、ギリシア語に移しますと「クリストース」という言葉になるのです。この「油注がれた者」というのは、旧約聖書に出て来ますが、王が即位する際に、高価な香油を頭に注いだのです。サウルが王に即位するとき、またダビデが即位する際にも、祭司サムエルが彼らの頭に香油を注いでいます。しかし、その後、この「メシア」という言葉の意味は、人々の期待と共に大きく変遷していきます。
まず、この言葉は「王」だけでなく、預言者と祭司の務めを全部併せ持つ救い主という意味を持って来ました。王であると同時に預言者であり、祭司でもある。そういうメシア像がユダヤの人々の中で出来上がっていったのです。
しかし、そこまでなら、まだ良かったのです。と言いますのは、ここまでメシア像が膨らんで来ますと、あとは、もう、人々の心の中で、メシア像はお定まりの変遷をたどっていきます。この時代、ユダヤの人々は外国、特にローマ帝国の圧制に苦しめられていましたから、人々の期待は、嫌が上にもメシア像を膨らませて行きます。そして、メシアという言葉のイメージは、ついに、宗教的な意味合いを通り超して、政治的な意味をも持つようになっていったのです。
どうして「メシア」という言葉が政治的な意味合いを持つのかと、皆さんの多くは怪訝な思いを抱かれるかも知れません。しかし、人々は期待したのです。あのローマ帝国のような巨大な政治的な権力をも打倒するような、力あるメシアの到来を期待した。主イエスがお生まれになる頃、人々が思い描いていたメシア像とは、そういうものだったのです。
ペトロも、そういう時代の波の影響を蒙っていたことは、大いに想像のできることでありまして、ペトロが見事に「あなたはメシアです」と答えた。これは、まことに見事な信仰の告白ではありますが、ペトロがイエス様に期待していたのは、やはり同時代のユダヤの人々と同じことであり、「あなたこそ、私たちが待ち望んでいたメシアです」と彼は答えた、ということです。ペトロが期待していたのも、ローマ帝国の圧制を打倒するような政治的に偉大な指導者であり、いかなる王にもまさる王だったのです。
だからこそ、このあと、主イエスが御自分の受難を予告なさった時、ペトロは「そんな事があってはなりません」と言って、イエス様を逆に諫め始めたのです。そんなペトロに向かって、イエス様は何と言われたか。33節に、こう書かれています。
「イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。『サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。』」
ペトロのことを「サタン」、つまり、悪魔と呼んでおられる。しかも、「弟子たちを見ながら、ペトロを叱られた」と書いてあります。ペトロだけではなかった。弟子たち全員の心に、神様よりも人間のことを優先するサタン的な思いが忍び込んでいるのを、イエス様は見逃してはおられない。そのサタン的な思いを追い出すために、主イエスはエルサレムに向かって歩み始められる。いや、弟子たちだけではありません。すべての人の心からサタンの思い、罪の思いを追い出すために、主イエスの歩みは始まって行く。十字架への歩みが始まって行くのです。これは、悪霊に取り付かれた人から悪霊を追い出すようなものではない。自らが身代わりとなって、すべての人のサタン的な思いを追い出す。贖いの御業がここに始まるのです。そのことを、私たちは忘れてはならないと思います。
このように、メシアという言葉は、時代と共に、人々の心の中で身勝手な期待を増幅させて、雪だるま式に大きく膨らんで行きました。皆さんは、イエス様が、その生涯の終わりにエルサレムの町に入られた時、棕櫚の枝を持ってイエス様を大歓迎した人々のことをご存じでしょう。あの人々は、ほぼすべて、イエス様に政治的なメシア像を期待して、イエス様を大歓迎した。しかし、この身勝手な期待は、やがて裏切られて、人々の期待は憎しみに変わります。そして、つい数日前に棕櫚の枝を持ってイエス様を大歓迎した人たちが、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫ぶようになる。これが政治的メシアの行き着く果てだったのです。こうして「メシア」という言葉は、いつしか信仰の言葉というより、人々の身勝手な期待や思惑にまみれた言葉になってしまったのです。
しかし、メシア・キリストという言葉を明確な信仰の言葉として告白する人々が現れました。それが、あの時、主イエスから「サタンよ、引き下がれ」と叱責されたペトロたちです。主イエスが復活されて50日後に、弟子たちの上に聖霊が注がれた。聖霊降臨の出来事です。あの時、大きな物音に集まって来たエルサレムの人々に、ペトロがこう語ったのです。
「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」
十字架で殺され、墓に葬られたイエスこそ、まことのメシア、すなわちキリストなのだと、世界で初めて宣言した。これがキリスト教会が放った第一声だったのです。誤解の無いように言いますと、「あなたがたが十字架につけた」というのは、イエス様を十字架につけた罪を一方的にエルサレムの人々に押し付けているのではありません。ペトロは、イエス様を見捨てて逃げた自分たち、イエス様を知らないと三度否認した自分も、主イエスを十字架につけた人々の中にいることを、ペトロたちは知っていたと私は思います。そして、ペトロたちは、もう一つの事、主イエスを十字架につけたその罪が赦されていることも知っていた。だからこそ、ペトロは続けて、次のように言うことが出来たのです。
「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。」
これが今も変わらない教会のメッセージになりました。そして、キリストについて、どうしても外せない出来事が、同じ使徒言行録の11章に記されています。ステファノの事件をきっかけにしてキリスト教の迫害が起こって、キリストを信じる人々がユダヤにおれなくなって、広く地中海世界に散らされて行きました。その中でシリアのアンティオキアでキリストの福音が異邦人にも伝えられるという出来事が起こった。このアンティオキアで何が起こったか。それを使徒言行録は次のように語っています。
「このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。」
それまで、キリストを信じる人たちは「その道の者」と呼ばれていたようです。それがキリスト者、クリスチャンと呼ばれるようになった。おそらくこれは悪口か、ひやかしの意味が込められたニックネームであろうと思われます。私たちも身におぼえがありますが、ニックネームというのは、真実の一端を語っていることが多いです。中学、高校時代に、学校の先生につけられたニックネームの、なんと深く真実の姿を言い表していたことかと思います。キリスト者というのも、そうなのです。おそらく、キリストを信じる人たちが、何をするにも「キリストがなさったように」とか「キリストが共におられる」と言うので、町の人々がこれを揶揄して、彼らを「キリスト者・クリスチャン」と呼んだのです。悪意や揶揄が込められた呼び名だったでしょう。けれども、呼ばれた本人はどうしたか。彼らはむしろ胸を張って「私たちはキリスト者、クリスチャンだ」と喜んで自称したのです。キリスト者という呼び名は、多数派の呼び名ではない。少数派、しかも異文化の中に生きる少数派の呼び名です。私たち日本のキリスト者のための呼び名です。そこには「キリストが共におられる」という意味が込められている。そんな尊い名前を私たちは頂いているのです。
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当教会では「みことばの配信」を行っています。みことばに牧師がショートメッセージを添えて、一年365日、毎朝お届けしています。ご希望の方は以下のアドレスにご連絡ください。
以下は本日のサンプル
愛する皆様
おはようございます。今日一日が主の祝福の内にあることを願い、今日の御言葉を配信します。
3月9日(日)のみことば
「主に感謝をささげて御名を呼べ。諸国の民に御業を示せ。」(旧約聖書:詩編105編1節)
「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(新約聖書:使徒言行録1章11節)
今日の新約の御言葉は、復活の50日後に主イエスが天に昇られた時に天使が弟子たちに言った言葉です。なぜ天を見上げて立っているのか、というのは叱責の言葉です。なぜぼんやり立っているのか。あなたがたには、やるべきことがあるではないか、と御使いは促したのです。主イエスはしばしば弟子たちに「私はもう一度帰ってくる」と語っておられました。「人の子は世の終わりに雲に乗って来る」ともおっしゃった。主人の帰りを目を覚まして待つ忠実な僕の譬え話もなさいました。主人が帰ってきたときに目を覚ましているのを見られる僕は幸いだとも話してくださいました。弟子たちの心に、その御言葉が生きているのです。
そこで弟子たちは、ぼんやりと天を見上げることを止めて、やるべきことに取り掛かります。使徒たちは「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに帰って来て、泊まっていた家の上の部屋に上がります、この家とは、最後の晩餐が行われた家と思われます。この記念すべき家に留まって、弟子たちは祈ることを始めます。その中には主イエスの母を始めとする女性たちも含まれていました。この祈りの集いが、後の教会の原点になるのです。