聖書:使徒言行録13章42節~14章7節
説教:佐藤 誠司 牧師
「ところが、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人を扇動し、兄弟たちに対して悪意を抱かせた。それでも、二人はそこに長く留まり、主を頼みとして勇敢に語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである。」 (使徒言行録14章2~3節)
皆さんが聖書をお読みになるとき、ぜひとも心に留めていただきたい、大切なことが一つ、あります。それは、読み方についてなのですが、聖書の学者たちが学問的に古い文献として聖書を読む読み方と、私たちが信仰の書物として聖書を読む読み方は、少し違うということです。
もちろん私たちも、学問的な成果を無視して勝手な読み方をするものではありませんが、学問的な読み方というのは、あくまで聖書を過去の文献として読むわけです。けれども、私たちは、どうでしょう。聖書を過去の歴史的な文献として、皆さん、お読みになるでしょうか。そうではないですね。では、私たちは聖書を、どう読むのでしょうか?
一つ、例を挙げますと、皆さんは、出エジプト記の第3章、モーセが神の山ホレブで神様と出会ったときのお話を、ご存知であろうと思います。あのとき、神様はモーセに、こう名乗られました。
「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」
私は、こういうのを読みますと、いかにも聖書の言葉だなあと思います。こういうところに、聖書の読み方のヒントが隠されているのです。どういうことかと言いますと、アブラハムも、イサクも、ヤコブも、モーセにとってみれば、既に亡くなってしまった、いわば過去の人たちですね。しかし、アブラハムを選び、イサクを導き、ヤコブを練り上げて来られた、その同じ神様が、今、ここで、モーセに向き合って語りかけておられる。人は移り変わっていきますが、神様は変わることがない。同じ神様がいつでも、現在の私たちに向き合って、語りかけておられるということを、あの物語は語っていると思います。
私たちが聖書を読むときも、たとえばイザヤ書という預言書がありますが、あの預言書を書きました預言者が、そのときに何を考え、どういうことを願っていたかということ、それは言わば過去に属することです。しかし、この預言者をとおして語りかけられた神様は、ずうっと生きておられて、今も私たちの神様です。そして私たちは礼拝でイザヤ書の言葉を読むわけですが、これはただ「昔むかし、これこれ、こういうふうな預言があったとさ」というふうに、過去の文章として読んでいるのではなくて、この聖書の言葉をとおして、今、現在、神様が私たちに語りかけておられるのだと、そういうことをハッキリ心に留めて、ここを読んでいるわけです。
どうしてそのようなことを言うのかと言いますと、今日の使徒言行録の個所の中に、このことと関連のある言葉が出て来るからです。今日は13章の終わりから14章の初めまで、というふうに、章を越えて読みましたが、その14章の3節に、こんな言葉があります。
「それでも、二人はそこに長く留まり、主を頼みとして勇敢に語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである。」
この最後のところ。「主はその恵みの言葉を証しされた」というのは、ちょっと分かりにくい表現ですね。でも、ここは大事なことが言われているところです。これには二つの意味があると思います。一つは、会堂の礼拝で実際に御言葉を語っているのはパウロとバルナバたちですね。ところが、パウロたちを通して、主イエスご自身が語りかけておられる。そういう出来事が礼拝の中で起こったのです。
また、もう一つの意味は、パウロたちは説教の中で主イエスの御業を語ったわけですけれど、彼らが語る主イエスの御業というのは、皆ことごとく、過去の出来事です。特に異邦人たちは生前の主イエスを知りませんから、彼らが聞く主イエスの御業も御言葉も過去の出来事と言って良い。ところが、礼拝の中で、過去の出来事を語る説教を通して、主イエスご自身が今現在の事として、語りかけてくださった。そういう出来事が起こった。そのことを、使徒言行録を書いたルカは「主がその恵みの言葉を証ししてくださった」という表現で語っているのです。
このようなことを考えますと、パウロたちが御言葉を語った会堂の礼拝は、あたかも主イエスが生きてそこにおられるような、じつに生き生きとした御言葉が語られていたことが分かります。それはルカ福音書の第4章に、主イエスが故郷ナザレの会堂で、御言葉を語られたときの事を思い起こさせます。あのとき、主イエスは、預言者イザヤの書が読まれたあと、こうお語りになったのでした。
「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。」
御言葉は今日、現在の出来事として、聞く者の心に実を結ぶのです。42節を見ますと、興味深いことが記されています。安息日の礼拝が終わって会堂を出るとき、人々はパウロたちに、次の安息日にも今日と同じ話をしてくれるようにと頼んだというのです。どうして人々は同じ話を聞きたがったのか。皆さんは、どう思われるでしょうか? これはいろんなことが考えられると思います。同じ話を自分がもう一度聞きたいと思った人も確かにいたことでしょう。しかし、もう一つ、こういうことも考えられます。自分がもう一度この話を聞きたいのも確かですが、むしろ、この話を家族と共に聞きたいと心から願ったから、人々は「次の安息日にも同じ話をしてほしい」と願ったのではないでしょうか。
私も経験があります。皆さんは、どうでしょうか? 教会の礼拝で、心に響くお話を聞いたとき、心に沸きあがる思いは、ああ、家族にも聞かせたいという思いではないでしょうか。いや、正確に言えば、家族にも聞かせたい、ではなくて、家族と一緒に聞きたい。さらに言えば、家族と一緒にここで過ごしたいのです。ピシディアのアンティオキアの会堂で、パウロたちに、次の礼拝でも同じ話をしてほしいと頼み込んだ人々の思いは、そういうものではなかったかと私は思う。そして、この推測が正しいのなら、そう頼み込んだのは、異邦人たちです。なぜかと言いますと、ユダヤの人々は家族揃って礼拝に出ていたからです。ということは、パウロたちが語ったメッセージは、ユダヤの人々よりも、異邦人たちの心に深く響いたということになります。そしてこれが新たな波紋を引き起こしていくのです。
さあ、次の安息日がやってきました。そうしますと、なんと、ほとんど町中の人たちが主の言葉を聞こうとして会堂に集まったというのです。先ほどの推測が正しいのなら、この人々はほとんどが異邦人であったと思われます。彼らは心躍らせて、会堂の家族席に着きました。ユダヤ教の会堂には、家族席というのがあったのです。これはちょうど、昔の日本の芝居小屋にあった升席のようなものでして、家族が枡に囲まれるようにして座ります。
ちなみに、キリスト教会も、後にこの伝統を引き継いでおりまして、じつは、私たちの礼拝堂にもその名残が残っております。皆さんが着座しておられるベンチの左右両側をご覧になってみてください。どうですか? 普通のベンチだと両端に何もありませんが、両端に肘を置くようながものがあって、座っている人を囲むようになっていますね? じつは、これが家族席の名残なのです。この家族席には、これまでユダヤの人々だけが座っておりました。異邦人たちは別の席、個人が座る席に着いていたのですが、今日は違います。異邦人たちも、家族と共に、家族のために備えられた席に着いたのです。
ところが、ユダヤの人々がこれに反対しました。「この群集を見てひどく妬み、口汚く罵って、パウロの話すことに反対した」と書いてあります。そこでパウロとバルナバは勇敢に語りました。
「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だが、あなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。主はわたしたちにこう命じておられるからです。『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた。あなたが、地の果てにまでも、救いをもたらすために。』」
誤解の無いように言い添えますと、パウロたちは「もうお前たちユダヤ人は相手にしない」などと言っているのではありません。パウロが書いたローマ書などを見ますと、パウロにとって、ユダヤ人の救いが終生、大きな課題であったことが分かりますし、これ以降も、パウロはどこへ行っても、まず何を措いても会堂に行って伝道しています。ユダヤ人と異邦人が共に同じ福音に与り、共に救われることがパウロにとって大切なことだったのです。
ところが、ユダヤの人々はパウロに反対する。それに対して異邦人はどうだったかと言いますと、48節にこう書いてあります。
「異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を讃美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。」
ここにパウロの伝道を貫く一つの構図があるように思います。異邦人が御言葉を喜び、ユダヤ人が激しく怒るという構図です。この構図はパウロの伝道の最後までつきまとう構図です。どうしてユダヤの人々は怒ったのでしょうか? 先ほども触れましたように、使徒言行録はそれを「妬み」のためであったと説明していますが、聖書が言う「妬み」はただの「嫉妬」や「そねみ」のことではありません。この言葉の背後には「奮起」「熱情」という意味があるのです。
そういえば、出エジプト記第20章の有名な「十戒」の中に「私は熱情の神である」という言葉がありますが、これが以前の口語訳聖書では「私はねたむ神である」というふうになっておりました。神様が妬むというのは、誤解を与えるのではないかということになって、新共同訳聖書はここを「熱情の神」というふうに訳し直したのです。
しかし、先ほども言いましたように、もともと聖書が言う「妬み」は「嫉妬する」とか「やきもちを焼く」というレベルのことではなくて「熱情」「奮起」とういう意味合いがあるのです。さあ、そうすれば、どうなるでしょうか? ユダヤ人たちがパウロの語るメッセージを聞いて、それを妬んだというのは、単にパウロのメッセージが異邦人たちに喜ばれるのを見て嫉妬した、やきもちを焼いたというようなレベルのことではさらさらなくて、さらに深く、パウロのメッセージを聞いて奮起せざるを得ない何かを感じたからではないかと、そう思うのです。さらに言えば、このあと、14章の19節に出て来るように、ユダヤ人たちはアンティオキアからはるばる150キロも離れたリストラまでパウロたちを迫害しにやって来ます。150キロもの距離を追って来るのです。これは単なる嫉妬のなせる業ではありません。むしろ、パウロ自身がかつてキリスト者を熱心に迫害したように「熱情」に駆られて「奮起」して、彼らはユダヤ教の本筋を貫く聖なる戦いのためにパウロたちを迫害しているのではないかと思われます。
こう考えますと、異邦人たちが喜んだのも、ユダヤ人たちが妬みを覚えたのも、その理由はひとえに、パウロが会堂で語った御言葉にあるのではないかと思います。異邦人たちの喜びとユダヤ人たちの妬みの根っこは、一つだったのです。それは、おそらく、13章の38節39節に記されていた次の言葉です。
「だから、兄弟たち、知っていただきたい。この方による罪の赦しが告げ知らされ、また、あなたがたがモーセの律法では義とされ得なかったのに、信じる者は皆、この方によって義とされるのです。」
パウロが会堂で語ったメッセージです。パウロはハッキリ言っております。人はモーセの律法では義とされ得ないのだとハッキリ言い切っています。おそらく、ここがユダヤ人たちを怒らせたところであろうと思います。しかし、パウロにとってみれば、ここは外せないところです。律法によらず、ただキリストを信じる信仰のみによって、人は義とされる。これこそ、パウロが生涯を賭けて語り続けた福音であり、人はユダヤ人であろうと異邦人であろうと、この福音によって救われる。それ以外に救いは無い。信じる者は皆、福音によって救われる。
ユダヤの人々がこれを聞いて怒り狂い、妬みを覚えたのは分かりました。しかし、異邦人たちは、これをどう聞いたのでしょうか? 今日のお話の初めに、私はこう述べました。会堂の礼拝で実際に御言葉を語っているのはパウロとバルナバたちです。ところが、パウロたちを通して、主イエスご自身が語りかけておられる。そういう出来事が礼拝の中で起こったのだと、そうお話ししました。
パウロの語る説教は、やや理詰めの面があったようです。それはパウロの手紙を見れば、よく分かりますね。決して二週続けて聞きたくなるようなものではなかったようです。それはパウロ自身、手紙の中で「手紙は重々しくて力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」と述べているくらいです。しかし、14章の3節にあるように、主はパウロの口を通して、その恵みの言葉を証してくださったのです。これは、今、現在の事として、主ご自身が御言葉を語りかけてくださったということです。パウロは罪の赦しを語りました。そのパウロの語る言葉を通して、主イエスが語りかけてくださった。説教者が語る破れのある説教を通して、主イエスご自身が語りかけてくださる。そういうことが、礼拝では起こり得るのです。
「あなたの罪は赦された。」「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」
この御言葉が福音書の中に何度も出て来るのは、そういう意味があったのです。世々の人々が礼拝の中でこの主イエスの御声を、御言葉を聞いてきました。人々は、この生きたメッセージを聞いたからこそ、この同じメッセージを次の安息日にも聞きたいと願ったのではないでしょうか? 家族と共に聞きたいと思ったのです。だから、使徒言行録は言うのです。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われる。」
これが私たちの前にも開かれている礼拝者の道です。その道をご一緒に踏み出したいと心から願うものです。
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